環境アセスメント学会制度研究部会第13回定例会議事概要
1.日時 : 平成20年1月9日(水)19:00~
2.場所 : 環境省第1会議室(中央合同庁舎5号館、22階)
3.テーマ : 生物多様性分野におけるアセスメントの技術的支援のあり方
4.話題提供者 : 広島大学大学院国際協力研究科教授 中越 信和 氏
5.参加者 : 35名
6.概要
生物多様性分野における技術的向上を図るために必要なことは何かについて、話題提供者より報告が行われ、意見交換が行われた。
■GIS技術について:東アジアの自然保護区の現況を事例に
・ GISとは座ったままでいかに仕事が出来るかということを可能にする技術。様々な情報を電子データで重ねることができないと、正確さや面積の把握、高山地帯や湿地などにおけるモザイク分布を表現しようとする時などに困る。解析については、現在はプログラムがたくさん出ているので良いものを選択して使えばよい。
・ IUCNのカテゴリーにおける自然保護区の東アジアでの分布を分析事例としたものでは、国立公園(それぞれの国にとって重要とされるエリア)は点的に東寄りに分布しており、世界遺産や生物圏保護区などの世界的価値を有するものは面的に西寄り(中国奥地の地域)に分布していることが分かる。面積では44.2%がカテゴリIB(Wilderness A
rea)で原生自然地域とされているが、東の方の二次林の地域(里山)が保護対象から外れるということになるとよくない。東アジアの自然保護の戦略は一つではないということが言える。
・ 日本の自然公園制度の指定植物数と保護面積エリアの関係を調べてみると、面積が小さいところでも多くの種数を保護していてホットスポットを押さえており、指定の技術レベルが高いということができる。
・ 代表的なところが保護区として指定をされているかということの検証のために、WWFのEco region(ある気候下の均一な生態系のまとまりで、世界で825を設定。東アジアでは24。)を用いてみると、海抜5000m以上のところでは保護区面積が大きいが、それ以下の標高の低い地域や、農業適地などには、あまり保護区は設定されていない傾向が
ある。
・ Gap Analysisで、本来の潜在自然植生をどの程度現しているかをみると、北海道などは10%以下で非常に低い。韓国、モンゴル、オアシス地域、黄土高原なども同様。
■ヨーロッパの先進事例:ドイツとスロヴァキア
・ ドイツは国家的にGISデータをずっと作成してきている。東ドイツの分も含めて、2002年に一通り出来上がっている。EUは一旦資金を各国から吸い上げて、データ整備を行う国がリファンドを受けられるシステムになっている。
・ スロヴァキアもベースマップが作られ、3年に一度更新される。地下水汚染図、エコトープマップ、大気汚染図など。過去から現在までに作成された風景画なども参考資料として収集され、景観保護区や自然保護区を決めるのに使われている。
・ 保護を考えるときに、どこを優先的に選べばよいのかが分かるということが大事。
■日本の事例
・ 現在のアセスで、指標種を選定して検討する手法は意義のあるもの。上位種の考え方は景観レベルの議論をする際に重要。典型種の考え方はエコトープの把握をする際に重要である。
・ 秋田県でのイヌワシ調査では、樹木の展葉状況などもイヌワシの餌場などとしての利用可能性と関係している。
・ オオタカの営巣木を中心とする景観構造を考えると、半径500mぐらいで周囲に松林があり、そこから田畑に開けていくような場所が利用されている。
・ 景観構造と生物種の移動の関係を考えると、例えば大型ほ乳類(ニホンザル、ツキノワグマなど)の利用タイプから、道路の線形ルート上に8タイプの景観構造がどう分布しているかを把握し、同じ景観構造のタイプが分断される箇所が分かったらそこにアンダーパスやオーバーブリッジを設けるという考え方ができる。
・ 森林性鳥類の移動についての研究では、移動可能な80mから160mの距離で緑地が点在していると利用されることが分かっている。
■環境類型区分(エコトープ)について
・ 地形や地質・土壌といった基盤環境のデジタルデータをGISでオーバーレイしていくことにより、環境類型区分図として使用できるものが作成可能。対象地域の重要な生態系や、注目種の選定などに活用できる。
■課題や今後の技術支援に必要なこと
・ 世界水準のGISデータの構築が必要である。ことさら細かい精密さを求める必要はないが、一定水準を満たしていないと相手にされない。
・ 欧米先進国での標準化に学ぶ必要がある。データの互換性の問題など、掲載するときの取り決めの統一が必要。
・ 環境アセスメントの対象、規模による生態系指標の選択のあり方。依然として全てを網羅的に調べようとする傾向があるが、特徴的な何かにしっかりと絞り込む思い切りも必要である。そうしないと、誰でもできる現状把握調査として記載することのみが目的化してしまい、将来何を残すべきかという戦略的な考えの部分に予算が回らないことになる。
・ 環境類型区分図の総括をして、例えば環境省内にストックされることなどが必要。
誰でも利用できるようにすることが望ましく、事前に提供して机上の検討を十分してから現地の調査に入れるようになれば、季節変化等による調査時期の無駄を減らせることになる。
・ アセス案件のリポジトリ化の強化・徹底によって、事例が電子化されファイルのように簡単に閲覧できる状況が整備されると、非常に有用である。
・ これらのような、情報の一元化に向かうための技術支援・制度作りがされていくことが大切。
7.質疑応答及び意見交換
様々な内容について活発に議論が行われた。概要は次のとおり。
○今までの技術指針などは、技術そのものの深みにはまっている傾向があるのでは。
・ 事例の蓄積としては、これまで実施されたものの評価や検索が淡々とできるようになることが、これから新たな案件を実施する際には非常に役立つ。誰でも閲覧・利用できることがまず重要であり、ストックの整理はとても煩雑で困難な作業ではあるが、利用者が増えてくると体制もよくなってくるものである。
○アセスにおける注目種のうち特殊性はどのように評価できるものなのか。
・ その種を選択した理由をどのように説明しているかが重要である。元々の考え方では、面積的に小さいところ(洞窟や湿地など)に生息・生育しているものでも取り上げられるようにということでガイドに盛り込まれているもの。たまたまそこに存在していたという意味ではなく、その種の固定的なハビタットとして重要であるという捉え方が大切。
○愛知万博の海上の森では、典型種の考え方ではただの雑木林であるが、特殊性の考え方を強調して、林内に点在する湿地(湧き水)の部分が重要であるということでアセス
・計画がかなり変わった例である。しかし、10年先にどうしているべきかなど長期的な議論は実際には十分ではなかった面もある。
○例えばイヌワシの取り上げ方について、上位種なのか貴重種なのか、トンビの方が適切なのではないかなど、考え方が難しい点が多い。
・ 海洋生態系では消費量などもフローですっきりと捉えやすいが、陸上生態系の場合は、森林は生産(光合成)の場であると同時に生物のハビタットでもあるなど、スマートに捉えきれないことなども難しくしている。イヌワシは、観察しやすいことによる簡便さなども利点としてあるだろう。
・ 「上位」の意味は、食物連鎖ももちろんだが、特定の一つでなく複数の生態系をまたがって利用している(景観を代表する)という考え方が元々である。
○GISについては、各組織で特化したスタッフを育てるようにした方がよい。まんべんなく技能を身につけようとしても難しい。特性のある人にGIS専門の人になってもらう方がよい。
○様々な電子データの整備・統合についての動きとしては、WEBサイト上の「電子国土」へ一元化していく方向性ではあるが、中身の充実はまだまだであるというところ。
○ヨーロッパ以外の動きについて。
・ アメリカは州ごとに違うが、カリフォルニアなどは山火事予測も可能になっているなど非常に進んでいる。東部の州などではGISがよく利用されている。開発圧力があまりない地域では整備のレベルは下がるようである。
・ カナダも進んでいる。イヌイットへの海獣生息情報の提供や、温暖化との関係で森林の伐採計画に利用(伐採の効率がよい適期の見極め)するなどの使い方もある。
・ アジアでは、地域全体をカバーするという意味では中国が進んでいる。オーストラリアは水利局の発言権が最も大きく、地下水GISなどが作成されている。ニュージーランドでも、脊梁山脈の地域を計画的に国有地化するなど、GISが活用されている。
○日本の生態学は生き物から展開されてきたところがあるので、エコシステムではなく特定の種のエコロジーという見方に偏りが生じている部分はあるだろう。ヨーロッパでは地理学がベースにあるので、GISが活用される土壌がある。
以上